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管理人氷櫻音羽の自己満足小説の置き場所。不定期・亀足更新です。
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――神を連れて、人は死ねるのか。

――――神の手を、逃れて…神と共に――――
良く、晴れた日、だった。

蒼穹を遮るものは、何一つ無く時折、敷地の奥から風に乗って桜の花びらが舞うだけの穏やかな昼下がり。

広い、広い屋敷の一角の縁側に座り空を眺めていた。
彼の濃紺の着物から伸びる手足は、病的なまでに白く、日の光を受けてそれは異様なまでに白く輝いた。
そして、こんなに良く晴れた日であるからこそ彼…桔梗の漆黒の瞳は空を見つめる。

雨など、降らないように…と。

屋敷はとても静かだった。
ひろい屋敷だ。誰も居ない一角など山のようにある。
そう、本当にこの屋敷は広いのだ。
何所に、誰がいるのか解らなくなるほどに。

それに対して、この屋敷に住む人は少ない。
使用人も殆ど居ない、そういっても良い。

遠くで人が動く気配すらしない。ただ風が庭の木々を揺らす音と、自分の呼吸の音だけが小さく響く。

今日雨が降る確立は皆無だろう。
しかし、『今自分が此処にいる』限り、今日雨が降らないとは、自分が『地神の祝福』を受けている限り、今日雨が降らないとは言い切れないのだ。

時間はとてもゆっくり流れた。
恐ろしいほどだった。
その中で、草木を揺らしていた風が一瞬凪いだ。
ぴたり、と世界が静止したみたいに何もかもに流れる時間が止まっているように感じた。
そして、直ぐ側にひとの気配を感じた。
「蘇羅…」
「お久しぶりです。桔梗さま」
蘇羅と呼ばれたのは、狐の面をつけ巫女服を着た少女だった。
軽く頭を下げると、蘇羅は顔を覆う面を外し、桔梗を見る。
その左目は虚ろで、『現世』をみてはおらず、光を反射する右目が桔梗を捕らえた。
蘇羅の眼に映る桔梗は、心底嫌なものをみてしまった。そんな顔をしていた。
泣きそうな、今にも叫びだして、殴りかかってきそうな。
そんな姿を見ても、蘇羅の表情も語調も変らない。
落ち着きをはらい、皮肉なほど冷静な声と表情で言う。
「…無理もないですね…此処に現れるのが、咲羅だったら喜んでいただけたでしょうか?…蓮は、今日雨を降らせます。…そして、桔梗さまの弟君は必ず今日、ご生誕なされますよ」

鉄槌を、落とされたような、そんな衝撃だった。
雨は降る。
命は誕生する。
今日、必ず。
「丁度、霊世で蓮に縁のあるお方が嫁ぎ先を探していたのですよ。そんなときに、砂羅さまが身ごもられたと、ご報告しましたら、蓮がその方に縁談を持ちかけて…今日この日に輿入れを、と」
淡々と、残酷なことを蘇羅は告げる。
「っ……どうして…」
かすれる声で桔梗は問う。
「どうして?…そんなことを、今更私にきくのですか?」
蘇羅は少し、笑ったようだった。
「私は稲荷の神子です。蓮の命には逆らえず、私の命は蓮に捧げられている。そして、蓮は貴方がた綾織を、椎名も睦瀬も…どの家系も許してはくれない、永遠に。貴方が時当主である以上、貴方の弟君に蓮の呪いが向くのです。それが答えです」
蘇羅が口にしたのは、紛れもない真実。
「それでも…」
桔梗が、言葉を継ごうとしたときに、『其れ』は起きた。

さぁ。と小さな音がして、晴天の蒼穹に、雨が、落ちた。
蘇羅がその場に膝を折り、深く深く頭を下げた。

しゃん。と鈴の音が一度鳴り、最奥が霊世と繋がる庭から桜の花びらと共に、狐の面を付けた…いや狐が、輿入れ行列が、現れる。

晴れ渡る空に、静かな小雨。
紋付袴を着た白い狐が、列を成し、深々と屋敷を通り過ぎる。
最前列の狐は、葉桜を終えた桜の木に吸い込まれるように消え、行列はそれに続き木の中に消えてゆく。
沢山の狐達が、木の中に吸い込まれ、最初に聞こえた鈴の音とは違う、複数の鈴が連なったような音が響き、その鈴を持ち、顔に布を垂らした狐が鈴を鳴らしながら桜の木の前まで歩き、止まる。
それに続くのは、白い純白の屋根付の神輿とそれに乗った花嫁衣裳の狐。
屋根からが薄布がたれていたが、その中は、うっすらと確認する事ができた。
神輿を担いだ狐が鈴持ちの狐の後ろについたとき、神輿の後ろに控えていた狐が、屋根から垂れ下がった薄布を避け、なかの花嫁を現した。

狐の花嫁は、とても大きな力を持っているらしく、毛並みは絹のように輝き、額には鮮やかな紅い文様が浮き出て、眼の周りも、紅い線が綺麗に彩っていた。

花嫁は神輿の上から頭を下げ、それから脳に直接響く不思議な声で、
「蓮様には、この度の縁談を取り持っていただいた事、深く感謝いたします。とお伝えください…神子殿」
と告げ、其れを受けた蘇羅は、更に深く深く頭を下げた。
其れを確認し、また薄布が下げられ、鈴持ちの狐が、しゃららん。と鈴を鳴らし木の中に消える。
それに続き神輿も木の中に消え、行列の最後尾が木の中に消えた。

そして、蒼穹から静かに降っていた雨は、降り始めと同じように、さぁ。と小さく音を残し降り止んだ。

すこし湿り気を帯びた空気に、庭の奥から桜の花びらがちらとらと流れてくる。
葉月の庭に。

「あ…」
呆然と、桔梗が声を漏らしたとき、ずっと静かだった屋敷に、産声が唐突に響き渡った。
まるで直ぐ側の部屋で、お産が行われていたかのように。

「っ!…どうしてっ、どうしてっ!!!!!」

響く産声に、桔梗の慟哭が重なった。












遠くで、嘆き壊れ行く声と、死の期日を定められた赤子の産声を聞いた。
また、己の過ちが心を抉った。
もう何度、謝り涙を流したか知れない。
締め切った部屋の中で、襖に布をかけ、外の光は殆ど入り込まないその部屋で、何度何度この身を切り刻んだか知れない。
鴇都は、右手に握られた刀を掲げる。
瞳の奥が熱い。
だが、もう涙は枯れ果てた。
流れた月日も、もう数え切れない。
掲げた刀を、自分の胸に向け、勢いよく突き立てた。
肉を、神経を切り裂き、心臓を貫く鈍い痛み。
其れも、何度目だろう。

「またですか…鴇都さま…」
何所からともなく狐の面を付けた蘇羅が現れそう呟き、鴇都の胸から刀を引き抜き、放り投げる。
かしゃん。と頼りない音が暗い部屋に響く。
数瞬遅れて、傷口から血液が噴出す音。
鴇都の身体と、蘇羅の着物と面を紅く染める。
「いい加減に諦めてください。貴方は死ねませんよ。…貴方の望みどおり」

何度、同じことを言われただろう。
何度、何度…過ちを嘆いただろう。

そして、何度、何度、何度…同じ言葉を繰り返しただろう。
それは、何度も何度も闇に飲まれ、消えた。

「助けてくれ…許してくれ…」

畳の上に倒れ、血の海の中でうわごとの様に呟く彼の姿を、蘇羅の左目が冷たく見下ろしていた。








許す?助ける?
『そんな日は、訪れない』
                


               神連れ~かみつれ~・稲荷の章『過日・狐の嫁入り』・終

                      続 神連れか~かみつれ~・地神の章
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